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メディア向け試食会当日2

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開店まもなく、来てくださったKさん。
ピンクと紫の可愛いお花のプレゼントもいただいて、とても幸せな気持ちに・・・。
ありがとうございます!
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今日の食事は、まず、体質チェック表にて、簡単にカラダのタイプをチェックしていただきます。
このチェックシートは、私の著作本「漢方キッチン~ムリなく、しぜんに、いいカラダ」に載っているものです。
タイプは5つに分けられおり、タイプによって、20種類のメニュー中で、おすすめのものが違います。
今回は、メイン料理はタイプによって、違うものをご提供しました。
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タイプ別メイン料理の1つ
「サンゲタン」
あっさりした味付けですが、カラダがポカポカになります。img11_01_11-35
ちょっと見えにくいですね~。ごめんなさい。
メイン料理の1つ
「魚介とキクラゲの炒め」
体液を増やす食材を重ねて使っています。コクのあるタレが美味。
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サッポロビールとサッポロビールスポーツジムのみなさま。
恵比寿ガーデンプレイスでのイベントなどでは、いつもお世話になっています。
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緑豆のカレー。
生姜ごはんと合わせていただきます。むくみ解消に。
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厨房では、上野村のTさんと、私の友人矢野シェフのコンビで、次々に料理が繰り出されていきます。
(矢野シェフ、おしりしか写ってなくて、ごめん・・・)
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本格麻婆豆腐。
これは、おかわりが続出しました。
香味野菜たっぷりの餡で、黒豆の豆腐を炒めています。
山椒の香りがたまりません。
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こちらは、大きい映像。黒豆豆腐って食感がプリッとしてるのです。
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白身魚のハーブ蒸し
タイのハーブを包んで、蒸しあげました。
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試食会も中盤に。
ずっと立ちっぱなし。疲れが出てきたみたいです。がんばれー

子どもと仕事

木曜日に、夜19:30からの講習があります。その日は区のファミリーサポートというサービスを利用しています。保育園に娘を迎えに行ってもらい、そのまま自宅で預かってもらいます。
水曜日の夜。娘が「りんちゃん。〇〇さんのとこ行くのやだ。」と言います。「どうして、いつも一緒に楽しく遊んでくれるってりんちゃん言ってたのに?」「寂しくなって、かあちゃんに会いたくなっちゃうの。はやく、ずーっとはやく、迎えに来て!」
 どうやら9時ごろ、眠くなるとさびしくなってしまうようです。保育をお願いしているのは夜10時まで。
3歳の子どもに、この時間までの保育はきついよね。
 娘に私と二人で写っている写真を渡して「さみしくなったら、かあちゃんと一緒の写真見てね。かあちゃん、お仕事終わったら、急いで迎えにいくから。」
うなづいて、その日は眠りました。
 木曜の夜、講習を終えて、迎えにいくと、娘が会員の方のおうちから顔を出しました。泣いた様子はありません。ほっとして、会員さんとお話をすると「途中、さびしくなって、何回もママの写真を見てました。でも大事に見すぎて、写真がちょっとくちゃくちゃになっちゃいました。」と写真を渡されました。
 二人で写っている写真が、よれよれになっています。
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 娘を自転車の後ろに乗せて、今日あったことをお話しながら、家に向かいます。娘はどんな遊びをしたかを話たり、私に質問をしたり。
 「おかげさま」だなと思いました。
私が仕事ができるのも、家族の理解のおかげ。娘ががんばってくれるおかげ、ファミリーサポートのおかげ。そして、おかげの上で、仕事を続けて行こうと思えるのは、自分の仕事を愛しているから。そして私の仕事を楽しみにしてくれる生徒さんがいるから。
本当にありがとうございます。
 自分も周りも幸せになれる仕事をしていきたいです。

サーカスは楽し哀し

 東京ドームJCBホールでやっている、「ニクーリンサーカス」に行ってきました。娘の名前は「りん」といいます。ぽっちゃり体型なので、家では「にくりん」と呼ばれている彼女。 その娘と同じ名前のサーカスということで、思わずチケットを購入してしまいました。
 当日は子ども連れでいっぱい。私が小さいころ行ったサーカスのようなテントではなくて、立派なホールです。客席もちゃんとスローブになっていて、みんながちゃんと見れます。
 空中ブランコも、ボールを使った曲芸も、ハイテクが使われていて、サーカスも進化しているんだわ~とちょっとした衝撃を受けました。
 でも、出てくる演目を見てみると、熊のダンスや、綱渡り、ピエロなど、古典的なシナリオは変わっていないのです。そして、やはり綱渡りでは、はらはらしたり、ピエロの客席を巻き込んだ遊びに加わったり、空中ブランコでは、目をつぶってしまったり・・・。
 ハイテクを使って、新しい要素が加わってもサーカスって、どこか切ないです。それは、体を張って、怪我の危険などを背負いながらの芸だからでしょうか。そして、もう2度とこの人たちとは会うことが無いかもしれないという見る側の思いがそうさせるのかもしれません。
 サーカス、私も、来ているお客さんたちも、楽しんでいるのは、子どもに見せようと連れてきている親たちの方でした。
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エレベーターで

娘を保育ママさんのおうちまで迎えにいく5時半。いつものとおりベビーカーを転がしながら、地下鉄にのって、駅をおり、エレベーターにのりました。最近できたばかりの15人ぐらい乗れる大箱のエレベータは満員です。改札階について、エレベーターの扉があくと、家路を急ぐ人たちが、早足で降りてきます。
 一番奥にいた私は、扉が閉じないように「開」ボタンをおさなくちゃと思い、入り口付近のボタンに手を伸ばしました。すると小さな頭に触れました。
 小学校1年生か2年生ぐらいのちっちゃな女の子でした。
 一番先頭にいるその女の子は、他の人たちが降りていく間、「開」ボタンを押し続けていました。
私と目が合うと、「どうぞ」というような素振りをします。「ありがとう。」と言うと、ペコリとお辞儀をしました。
 あわただしい夕方のラッシュの駅で、「家に早く帰って、ご飯作って、娘をお風呂入れて・・・、やりのこした仕事をかたづけて・・・。」と、せわしなく頭を巡らせていた私は、ちょっと恥ずかしくなりました。
 なんだか、いつも急いでたり、時間に追われてたり。人に譲ったり、待ったりすることをしてないかもなぁ。
 少女が改札を抜けるのを目で追いながら、しばし、足を止めて深呼吸。ニコッと笑ってみました。
 保育ママさんのおうちまでもう少しです。
 今日は、ゆったり母ちゃんモードで迎えに行こう。

つながる


 群馬県に仕事ででかけた。早朝の埼京線の車内は比較的空いていて、駅のホームで乗車するために並んでいた人たちは次々に座席に座っていく。私もシートに腰を落ち着けて、ふっと斜め前に視線を移すと入り口付近に少年が立っている。彼が立っている前の座席には誰も座っていない。「座らないのかしら?」と思ったとき、少年が握っている白いステッキが目に入った。見えてないんだ。
 どうしようかと迷う。彼に席が空いていることを伝えようかしら?もしかしたら立っているほうが好きかな・・・・?いや、そんなはずないよな・・・。
 声をかけた。「ここ空いてますよ。おかけになりますか?」
 「すみません。」少年は私に手を伸ばしてきた。手を取って席に案内する。見ず知らずの人の手に触れたことに、ドキッとする。 
 彼は座ってしばらくするとすーすーと寝息を立てながら眠ってしまった。
 少し切なくなった。目の見えない彼は、たとえばすごく疲れているときでも、指定席を予約するか、介助の人がいない限り、電車で座るという選択肢は無いんだ。
 東大助教授で、全盲ろうの福島智さんの夫人光成沢美さんの著書「指先で紡ぐ愛」を読んだことがある。その中で印象的だった文章がある。光成さんは目も見えず、耳も聞こえない福島さんと話をするとき、彼の手をとって指文字でコミュニケーションをする。ある日、彼女は福島さんと行き違いからけんかしてしまう。彼女は怒りから、彼の手を振り払ってしまった。そのとき彼は、言ったと言う。手を離すという行為は全盲聾のぼくにとっては、「もう、あなたとは、話をしたくない、と部屋から出ていくのと同じだと。
 手を触れることは、私はあなたと同じこの世界にいます。あなたと私はつながっているよ。と伝えられる方法なのだと思う。
私たちは目が見え、耳が聞こえて、たくさんの人に接したり、話をすることで、孤独じゃないように感じている。でも、目が見えなければ、耳が聞こえなければ、それが、錯覚なことに気づくだろう。
この前、家族以外で誰かの手に触れたのっていつだろう?少年に触れた手がとても、心地が良かった。
 私は彼の手を取って席に案内し、自分が親切なことをしたような気になったけれど、受け取ったのは私のほうだ。
 受け取ったのは、「私は誰かとつながっている。」という実感だ。

 

思うちから

    今年も桜が咲きました。不思議に思うのは、桜だけはどうして、東京が一番先に咲くのかしら?ということです。もっと暖かい関西などで先に咲いても良さそうなものなのに、桜前線はいつも東京から、広がって行きます。
 桜は一度冷え込まないと咲かないらしく、その寒暖の差が東京で最初に咲く理由だと言われています。

 私の実家の近くには姫路城があり、桜のシーズンになるとソメイヨシノがいっせいに開いて見事です。
その中でも、お堀の周りに植わっていて、城門に近く、一目に触れる機会の多い桜の木は、まるで、見られることを楽しむかのように、豪華に花をつけ、枝ぶりも大きく広がって、それは華麗な様子です。
 きっと、桜は、自分を見て「美しいね~。」とか、「素敵ね。」と感嘆する私たちの言葉をちゃんと受け取って、喜んで花をつけているんじゃないかと思うのです。
 植物に、言葉をかけながら育てると、よく成長するというのは、科学的な実験でも実証されていることですし、桜もきっと、「ほめると育つ」子供のようなものかもしれません。

 東京で、日本のどの町より早く桜が開花するのだって同じことかもしれません。東京に住む2000万の人たちが、「春よ早くこーい。桜早く咲かないかな~」と思う。その力が、桜をさせるとしたら・・・・。これはすごいですよ。
 奇跡のようなことって、実はこんな思うちからが表現されたひとつの形だとは考えられないでしょうか。
 東京に住む人たちの 「思うちから」を、ぜひ、いろんないいことに使ってみたいものです。
 

手染めのバッグ

   先日、キルトを扱っている友人のお店に行ったときに、一目で気に入った布がありました。明け方の森を思わせるような美しい布でした。尋ねてみると、彼女が自分で買い付けてきたサウスダゴダの手染めの布だとのこと。  自分の近くにこの布をおいておきたくて、バッグを作ってもらうことにしました。
 子連れだと荷物が多くなるし、仕事がら、材料の見本など持ち歩くこともあって、大振りなものが欲しかったところです。
そして、仕上がったのが、写真のバッグ。 想像以上に素敵な仕上がりになって、大満足です。世界に1個しかないバッグ。自分が本当に気に入った、質のいいものを身につけていると、とても楽しいし、気持ちが癒されてリラックスできる気がしますよね。
 このバッグを作ってくれた友人は、キルトショップのオーナーであると同時に、キルターととして活躍する才能のあるアーティスト松波聖子さん。
     現在西小山にあるショップ「COTTON CONNECTION]が、3月下旬に、広くなって自由が丘に移転するそうです。販売だけでなく、キルト教室もやっているので、自分の小物のほか、子どものグッズを作ってみたいという方にもおすすめです。覗いてみてくださいね。

鳩と娘と

    娘は、動物をとても怖がる。私自身は田んぼに囲まれた田舎で、かえるの声をききながら育ったので、動物が怖いという感覚は無くて、当然、自分の娘も動物や植物に抵抗なく触れるように育つとばかり思っていた。
 ところが、道で犬に会うと、後ずさりして、凍りつく、テラス席で食事をすると寄ってきた鳩におびえて、泣き喚く。
 最初のうちは、「まだ幼いから怯えるんだわ。そのうち、興味をもってくるよね。」なんて思っていた。でも・・・・。2歳になった最近、生き物嫌いに拍車がかかって、鳩や犬だけではすまなくて、かまきりやアリンコも怖くて、泣いてしまう。
 鳩を見るたびに、「ウワァ~ァ~」と泣き叫ぶ娘に、「鳩、ほら見て、怖くないよ。かわいよ。ね~。」と言い聞かせても、一向に効き目がない。
 そんなある日、いつも預けている保育ママさんからの連絡ノートに書いてあった文章に目が釘付けになった。

   『公園で鳩に会うと、いつも泣くのが、かわいそうなので、「怖いって言っていいんだよ。怖いって言ってごらん」と言うと、大きな声で「ハト~、こわいよ~。」と言って、その後は全く泣かなくなりました。』 
 目からウロコが落ちた感じだった。
次の日娘と二人ででかけたとき、鳩が寄ってきたので、先生の真似をすることにした。「ハト、怖いっていっていいよ。そしてね。怖いからあっち行って、て自分で言ってごらん。」
娘は「ハト、こわいの!あっちいって!」と大声で叫んで、ちっとも泣かなかった。

   怖いという感情を持つことは、とても不安な心もちになる。でも、その感情を「コワイ」って言葉で表現して、「あっちいって」と言う、怖いことへの対処方法を知ったことで、娘の中の不安が解消したんだと思う。

  人になんと言われても、怖いものは、怖いんだよね。そんな当たり前のことを忘れて、「動物や植物を好きな子どものほうに育ったほうがいい」という私の価値観を娘に押し付けていたことに、気づく。
 今日も、娘は動物怖くて、きらい。でも、「ハト、あっちいって~」と言いながら、笑ってハトの後ろを追いかけている。
娘から、そして、娘をとりまく人たちから、教えてもらうこと、気づかせてもらうことが、とてもたくさんある。

マトリックス・リローデッドで治す?

マトリックスレボルーションズ。品川のIMAXシアターで鑑賞してきました。マトリックス・リローデッドどころかそれ以前のも見ていないのに・・・・チャックノリスの「地獄のヒーロー」を見ずに「地獄のヒーロー3」を語るようなもの。
当然、ストーリーがいまいちわからない。でも私なりの解釈をしてみたところ、この物語の中に「癌の発病から完全寛解までの治癒プロセス」を見つけました。

キアヌ・リーブズ扮する主人公「ネオ」が都市「ザイオン」を守るために、人工知能のマシン軍団のエージェント「スミス」と戦うのですが、ネオとはスミスと正と負の関係。ネオの別の側面だという。
ネオ自身でもあるスミスが、(自己細胞の突然変異化)クローンをいっぱい作って増え、(癌の驚異的な増殖)愛又は希望というプラスの意識の場に飲み込まれることで破滅する(心の状態の変化による癌の退縮・消滅)ストーリー?!
この文脈で読むと、一生懸命戦っているザイオンの兵士たちは、人体の免疫システムの戦士たち。酸とか酵素とかを武器にばい菌とたたかう白血球やキラーT細胞に見えてくる。EPUという兵器は敵・味方ともの武器にダメージを与えるという意味では、抗がん剤の意味だろう。
そして、「オラクル」というおばさん占い師が最後に語る「危険無しに変化はあり得ない」という言葉は人間が病気にかかる意味を表しているのかも。「病気を通して変容は行われる」=「変容するために人は病気にかかる」シャーマンのセリフのようだ。あ、オラクルってシャーマンだっけ?
映画館から出て、胸に手を当ててみたら心臓は、トゥクトゥク鳴ってちゃんと動いていて、心臓の細胞ってすごいなんて思ってしまいました。
病院で上映してはどうでしょう。
自分の体の細胞のひとつひとつが愛しくなると思うんだけど・・・?

REM

「R.E.M」、80年にジョージア州アセンズで結成された。ポストパンクのアメリカでインディ・レーベルからデビューし、以来「オルタナティブロックの先駆者」、「世界最高のロックバンド」といわれながら、どこかにマイナーな香りのする不思議な存在のロックバンド。
 3月16日、ワールドツアーの東京公演が武道館でありました。
ステージはいたってシンプルなものでした。10数本の蛍光灯が宙吊りにされ、曲が変わるごとに、蛍光灯の色や光かたが変わる、言わば光だけの演出です。
 曲は90年代のアルバムや最新のアルバム「アラウンド・ザ・サン」から、演奏され、その中には、ブッシュ政権に対する批判を込めた曲2曲も含まれました。
 カリスマというのは、こういうものなのかもしれないと思ったのは、ボーカルのマイケル・スタイプと聴衆との関係性でした。武道館には1万人の人がいたにもかかわらず、「マイケル・スタイプ 対 聴衆みんな」という図式ではなく、「マイケル・スタイプ 対 自分」という「1対1」の関係を強く感じさせるのです。ツアー先の控え室には、彼専用の瞑想部屋が作られているとかいないとか、ミステリアスな逸話の多いマイケル・スタイプですが、さもありなんと思わせる強烈な個性でした。
デビューから24年たっても、いまだに、大衆に消費されず、新鮮さを失わないこのバンドの持つ緊張感。春の夜に漂う沈丁花の香りとともに酔いしれたのでした。

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