カテゴリー別アーカイブ: 出産・子供

町田りす園

 娘が通っている保育園は、すぐ後ろが「林試の森」という大きな公園です。名前のとおり、かつては林業試験場だった場所。古い大きな木がたくさんあって、うっそうとした森になっています。
 秋になってから、森の中にはたくさんのどんぐりが落ちていて、林試の森で遊んだ日にはビニール袋にどんぐりをいっぱい入れて持って帰ってきます。
 「どんぐり捨てないでね!」と娘が言うので、籠に入れて、他の落ち葉と一緒に入れておいておきます。 ところが温かい部屋の中においておくと、中にいた虫の卵が、季節を勘違いしてか、ちいさな「ニョロ」になって出てきます。
 1匹なら、可愛いんですが、ニョロがそこらじゅうでウヨウヨ。ちょと気持ち悪いです。
捨てないで、どんぐりを早めに処分する方法はないものか。。。と思っていました。
 
 むすめと絵本を読んでいたら、リスがどんぐりを食べるシーンが出てきました。
「りんちゃんのどんぐり、リスにあげたい。」
「ふ~ん。いつかね~。」
なんて言ってたら、偶然、インターネットで、町田にある「りす園」を発見しました。見ると、りすにえさをあげられるコーナーがあると書いてあります。
 これはいい。娘の願いをかなえつつ、どんぐりが処分できる!
 早速、リス園にでかけました。
小田急線の鶴川駅でおりて、バスに乗り換えて10分ほど。バス停から5分ほど歩きます。周りには公園がいくつかあって気持ちよさそうなところです。
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入ってすぐ左手にりすの放し飼い広場があります。入り口がガラスの引き戸になっていて、そこで、ひまわりの種を買って、(どんぐり、食べてくれないかもしれないので)、広場へ進みます。
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切った丸太が重ねて組んであり、その間がリスたちのお家になっているみたい。
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 かじられないように、布の手袋をして、その上にもってきたどんぐりとひまわりの種を乗せます。
たべてくれるかな~
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 すごい!ちゃんとどんぐりの方を選んで食べました。
「りんちゃんのどんぐりホントに食べてくれたぁ。」とうれしそう。
 (ちなにみに、娘はあらゆる動物が怖いので、ここで、どんぐりをあげるのも、りすに触るのもすべて私・・・)
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 持ってきたどんぐりはすべて売り切れました。
りすって本当にどんぐり好きなんですね~。
実際に食べてくれると、私もうれしくなっちゃいました。
町田りす園、たのしいですよ

鈴虫

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 この間、シッターさんのお家で、娘が鈴虫をいただいてきました。去年から卵をおいていて、今年孵化に成功したそうで、小さいペットボトルの胴に扉を切って、虫かご代わりにして、持たしてくれたのでした。
 娘は、鈴虫の声を聞きながら、「どこから、声出しているのかな~。」とか「こっちがお父さんでこっちがお母さん。そして、お兄ちゃんと妹」なんて、いろいろとお話をします。
 早速、虫かごを買って、玄関においておいたところ、娘が、玄関においてあるヘルメットを引きずりおろしたときに、虫かごを下に落としてしまいました。
「そんな、乱暴なことしたら鈴虫たち、死んじゃうよ。」というと、
「死んだら、また生まれ変わるから平気だよ。」と言います。
私がときどき、死んだ人や動物は、お空に帰ったら、また別のいのちになって生まれてくるんだよと言っているのを言ってるみたいです。
「でもね、生まれ変わったときには、死ぬ前のことは、みんな忘れちゃって、違う人になるんだよ。」というと、びっくりした顔をしています。
「もし、りんちゃんが死んじゃって、また生まれてきたら、もうママのところには、生まれて来れないの?」
「そうだよ。だから1回死んじゃったら、もう、そのいのちは、取り戻せないの。鈴虫も1回死んじゃったら、もう、同じ鈴虫さんには生まれてこれないんだよ。」
うわぁ~と、いきなり大きな声で泣き出しました。
「前に、旅行に言ってる間に、りんちゃんの育てたお花が枯れちゃったの思い出したの。悲しかったよ~。」
この夏、初めて自分でペチュニアを育てました。(そのお話はこちら⇒)
 そのペチュニアが、家族旅行のときに、自動水やり機の水が切れて、枯れてしまい、そのことを思い出したようでした。
「ごめんなさい、鈴虫さん、大事にする。」といって泣き続けています。
 命には終わりがあって「死」があることを、私の言葉と、自分の育てたお花の記憶と鈴虫という組み合わせで、おぼろげながらに理解した瞬間だったのかもしれません。
 抽象的な何かを理解していくたびに、自分と他者に線が引かれ、外の世界と自分とを切り離されたものとして、認識していきます。それが自立だし、成長であるのだけれど、孤独になっていくことでもあるのです。
 喜ばしいような、寂しいような、微笑みたいような、泣きたいような気持ちになりました。
 もうすぐ5歳です。娘が“独り”でがんばれる子になれるように、手伝ってあげられたら・・・と思います。

めばる

生徒さんに、「毎日、きっと体にいいもの食べてるんですよね?」
期待に満ちた瞳で訊かれると、どきどきします。
だって、そんなにすごいものを食べているわけでないし、ジャンクなものや、甘いものも食べたりするので。。。
でも、野菜や海藻、薬味を多く。ということを心がけています。
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今日は魚屋さんで、おいしそうな「めばる」を発見!
大振りなのに、2尾入って298円!めばるが?? そんな値段でいいの?
新鮮だし、シンプルなのが一番です。中華なべでさっと蒸しました。
めばるは内臓を抜いて、お腹とえらに生姜の薄切りを入れます。
中華なべの中にお皿をひっくり返して置き、水を入れます。そのうえにぬれたタオルを載せて、さらにその上にめばるを載せたお皿を載せます。蓋をして、鍋の両端から出ているタオルの端を蓋の上に載せます。強火で8分ほど水の量に気をつけながら蒸します。
出来上がったら、蓋をとって、タオルごとお皿をとりだします。お皿の上の余分な水分は捨てて、胡麻油、しょうゆ、すりおろし生姜をたっぷり入れたタレをかけてます。上にコリアンダーを散らして、完成。
すごく簡単で、すごく美味しい。中華なべって、何でもできて、えらいなぁ。
他は、トマトとミツバ、ジャコのブルスケッタ。
黒米とナツメのごはん
ヨモギと豆腐の味噌汁
切っただけ胡瓜の味噌添え
今日は、贅沢な食卓。
納豆・蒸し野菜・ごはん。だけなんてときもあります。

妊娠力をつける薬膳レシピ

今日は、主婦の友の雑誌「赤ちゃんが欲しい」に連載中の「妊娠力をつける薬膳レシピ」の料理の撮影がありました。
今回は「腎を強くして妊娠力をつける」レシピです。
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朝から14品を撮影をしました。黒ごまだれのうどん・えびとにらの炒めものなど、身近な素材で作れて、美味しく簡単なものをばかりです。
今年の秋には、雑誌で掲載したレシピをまとめた著作本も出版の予定です。
7月2日に、赤ちゃんが欲しいの夏号が発売になります。ご興味のあるかたは書店でぜひ、手にとってくださいませ♪
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撮影が終わるとみんなで、試食会!編集部の方々も来て下さって、ランチ宴会です。もちろん、アルコールはないですが・・・。
詳しくは赤ちゃんが欲しいのブログで紹介してくださっています。
『赤ちゃんが欲しい』編集部PARTY!

運動会

 10日は、娘の運動会でした。娘は「10月10日は運動会なんだよ~。」と毎日いろんな人に言いふらして、楽しみにしていました。台風も過ぎ去って、お天気もよさそうだし。いい1日になりそうです。夫の両親も見に来てくれることになっていたので、5人分のお弁当を作りました。
 料理講習でも作ったオーソドックスなレシピで6品。im091010.jpg
京芋の煮物・やくぜんスパイスの地鶏焼き・焼き栗ご飯・ブロッコリーの胡麻和え・酒粕味噌につけた秋鮭・オーロラ梨と巨峰
 実は9月はちょっとオーバーワークだったため、疲れ気味。運動会前夜のお弁当の仕込みと早起きに、体はしんどい。でも、気持ちはうれしい。運動会でお弁当を囲むひとときを思い浮かべて、淡々と素材を料理していきます。
 当日、運動会では、むすめの最初の出番はかけっこでした。よーいっ どん!で飛び出して、ゴールしたら4人中4番目。
 見事見事。1番だろうと、4番だろうと。4歳まで、元気で育ってくれて、運動会に出て走れるんだから。
 4歳の子どもを持つ親の子どもへの期待ってこの程度。きっと後から思うと幸せでのどかな時代って思うんでしょうね。
 

オオカミと七匹の子ヤギ

娘が「絵本、読んで~」と本を持って来ました。見ると「オオカミと七匹の子ヤギ」。私も小さいころ読んでもらったなーと思って手にとりました。この本は最近娘が気に入って、何回も読んでいます。
 お話はお母さんヤギが、七匹の子ヤギを家に残して、お出かけをします。「オオカミが来ても、決して家のドアを開けちゃだめよ」。お母さんヤギがでかけると、オオカミが来て、「お母さんだよ、開けておくれ」とドアをノックします。子ヤギたちは、最初は警戒していますが、最後には、ドアを開けてしまい、入ってきたオオカミに食べれてしまいます。しばらくして帰ってきたお母さんヤギは、時計の中に隠れて難を逃れたいちばん小さいヤギから、一部始終を聞きます。お母さんヤギは木の陰で大きなお腹をして眠っているオオカミを発見します。そして、大きなはさみでオオカミのお腹をジョキジョキと切って、子どもたちを助け出し、代わりに石をたくさん詰めて、糸でチクチクと縫い合わせます。オオカミは、ふらふらしながらどこかへ行ってしまいます。めでたしめでたし。
 絵本を読み進んでいって、オオカミが子ヤギたちをぱっくんぱっくんと飲み込むシーンになると、娘が立ち上がり、自分のおもちゃの台所へ行って、お鍋にいろいろなものを入れてかき混ぜはじめました。
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「ジュー、ジュー。ちょっと待っててね。すぐできるからね。オオカミさん♥」
 「???・・・何してるの??」と訊くと、「オオカミさんお腹がすいているから、ご飯作ってあげるの。そしたら、子ヤギさんを食べなくてもいいでしょ。混ぜ混ぜ!」 出来上がった料理を、絵本の前に持って来て、オオカミに食べさせます。
 「さ、みんなで、踊ろうね。母ちゃんは、オオカミになってね。りんちゃんは子ヤギさんになるから。ダダダダーっ」っと二人で踊って、お話はすっかり違う結末になりました。
 子どもっておもしろいな~。と感心してしまいます。自分の好きなようにお話をつくったり変えたりしちゃうんですね。私なんか、ついついこのお話は「何をいいたいのかな?」なんて意味を考えてしまうのに、意味とか、目的に縛られないのは、なんだかとっても自由な感じがしました。子どもと遊んでいると、ちょっとした解放感みたいなのを時々味わいます。
 コチコチになった頭をほぐしてくれる私の脳トレかな??

春のお花

 3月とはいっても、まだまだ寒い日が続きますね。ちょっと冷え込んだ夕方、保育ママさんのおうちに娘を迎えに行った帰り、家の近くのお花屋さんの前を通り過ぎるときに、小さなピンクの花束が目につきました。
白熱灯の灯りに照らされたお花がとてもかわいらしく、温かく思わず、引き返して手を伸ばしました。
「これください。」「ご自宅用ですか?」
茶色のクラフト紙に包んでもらって、胸に抱えるとなんだか胸のあたりがあったかくなった感じ。
3歳のむすめも、「りんちゃんはね、ピンクが好き!」とうれしそうに言います。
 店のおじさんが店の奥に入ったかと思うと、大きなガーベラを持って来ました。娘に向かって、「こっちのは、お母さんのお花」「これは、りんちゃんのお花だよ」と手渡してくれました。
娘は「ありがとう!」と言って、ピンクのガーベラを私と同じように胸のあたりにささげ持ちました。
 家に帰るまでの道すがら、私も娘を幸せな気持ちで、テクテクと歩きました。
ああ、春だなと感じました。みなさんは、どんなときに春を感じますか?
私は、春爛漫もいいけれど、冷たい空気の中に変化の兆しを感じる、そんな”期待感”のようなものが好きです。
 家に帰って二人でそれぞれ別々の花瓶に花を挿して「もうすぐ春だね」と言うと娘が「春になるとピンクの花が咲くんだよ」と答えました。
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保育園へ

10月、11月月は、幼稚園の申し込みが開始される時期です。私立の幼稚園は、そろそろ受験がはじまっているところもあります。
 この間まで、ずっと、迷ってました。幼稚園にしようか、保育園に預けるか。幼稚園は、親も参加して楽しめる行事が多いから、いい思い出がたくさんできそうです。でも、預かってくれる時間は短いし、夏休み、冬休みもあるので、仕事をしているお母さんにはむずかしい。
 保育園は、朝7時半から6時半まで預かってくれる上、給食もあるので、仕事をもっている人には、ありがたい環境です。
 仕事しているのだから、保育園にしたらいいのですが、どうしても幼稚園にこだわってしまいました。
 私は、もともと手先が不器用もいいところ。ボタン付けひとつに1時間ぐらいかかるし、子供のあそぶおもちゃをあれこれ考えて作っているお母さんを見ると尊敬してしまいます。料理は唯一の得意分野。もし、保育園に行ったら、お弁当を作れなくなる・・・・。
先日、よく一緒に仕事をする友人にそんな話をしたところ、
「仕事するんだったら、保育園だし、仕事しないでもうしばらく、子供と一緒に過ごしたいなら幼稚園。それだけのことじゃないの。ご飯は晩御飯、がんばればいいじゃない!」という答え。
 そうなんですよね。食事づくりだけが、子育てじゃないんですよね。でも、なんだか「お弁当作らないと、子育てに手を抜いている」みたいにガチガチに思い込んでいたみたいです。
 は~。わたしってだめね~。
 そんなわけで、4月から娘を保育園に預けることにして、仕事を本格的に再開することにしました。
 料理講習なども徐々に増やしていきますので、みなさま今後ともよろしくおねがいします((。´・ω・)。´_ _))
その後、娘を保育園に一時保育であずける機会がありました。保育園で一日遊んだ娘を家に連れてかえる途中、連絡ノートを見ると「りんちゃんは、すごい食欲です、給食を2回おかわりしました」
「そうなの??(^_^;)」
 親の思惑とは、関係なく、子供ってたくましい!

袖振り合うも多生の縁

 ,ある日の午後、恵比寿から、御徒町に向かう地下鉄に乗った。時間は3時ごろ。乗客はまばらで、夫と娘と3人で並んで座った。しばらくすると娘が「おなかがすいた~。」と言い出した。
 あいにく、何も食べるものをもっていなかったので、「御徒町に着くまで待ってね」と言い聞かせた。
 あいにく、何も食べるものをもっていなかったので、「御徒町に着くまで待ってね」と言い聞かせた。
 眠いし、おなかがすくしで不機嫌な娘をひざに乗せて、気をそらせていると、隣に座っていた女性が、ガザガザと持っていた紙袋を開けたかと思うと中から、きつね色のおいしそうなラスクを二つ取り出して、こちらへ差し出した。
 「 カステラのラスクよ。御徒町まで30分はかかるから、これがあれば、お腹が持つわね。」
 娘は目を輝かせて、ラスクを受け取って、「ありがと~」とうれしそうに食べ始めた。

 私と夫がお礼を言うと、「私もこの子より少し大きいぐらいの孫がいるのよ。」と話を始めた。今日は、友達の家に遊びに行った帰りだとのことだった。
 地下鉄を降りるまでの時間を私とこの女性は、話をしながら過ごした。 子供の成長のことや、この方の息子さんの話などなど。
 娘は満足して、ひざの上で頭を垂れて眠っている。
 御徒町で私と彼女は、「では、さようなら。」「どうぞ、お気をつけて。」と別れた。
 30分ほどのご縁。
 懐がほろ暖かいような気分。

 昔の人は、きっとこうやって、通りすがりの人や、お店で隣り合わせた人とよく話をしたんだろうなぁと想像できた。 
 かつては、人間関係が限られていたから、近所の人や、見ず知らずの人ともよく話をしたんだろう。私も、娘を持ったことで、友人と会う時間も減って、個人的な人間関係は限られたし、行動範囲も狭くなった。そのかわり、電車で隣り合わせた人と話そうなんて思わなかったのに、今は娘といると、見ず知らずの人とよく話をする。 制限され、狭められる
ことで、「広がる」部分ってあるんだな。
 「袖振り合うも多生の縁」 この言葉の意味が少し、わかった感じがする。
 
 

出産をむかえて

 10月5日の深夜、陣痛が始まったとき、私が最初にしたのはおむすびをむすぶことでした。前夜、夫の母が作ってくれた栗おこわ。栗は足腰を強くするので、「なんだか力がつきそう」と思いながら温めなおし、暗いキッチンで作ったおむすび4つ。お産では「米の飯」が一番がんばりがきくいいます。夜が明けてから病院にいくと、陣痛は弱まってしまったものの、出血が多いのでこのまま入院してください。という医師の指示がありました。
 私が入院したのは家から近い都内の病院。自然分娩が中心でベテランの助産師が多く、妊娠中の検診時も医師の診察の前後に毎回40分ほど助産師がカウンセリングをしてくれます。また粉ミルクを使わない母乳育児や新生児室のない母子同室も気に入って選んだのでした。
 7日の朝、目覚めると7時ぐらいから15分おきに陣痛がはじまりました。夫と夫の母がやってきて、陣痛室へ移ります。この部屋には出産をスムーズに迎えるためのさまざまな小道具と助産師さんのケアがそろっています。特に私に効いたのは、「テニスボール」。陣痛が強くなってくると、いきみたい衝動にかられます。助産師さんが「陣痛の波が来たら奥さんのお尻に強くあてがって、いきみを逃がしてください」と夫に手渡していきました。意外なことにこれがとても有効!陣痛が来るたびに夫が「リラックス~」といながらお尻にテニスボールをあてがう姿は、とっても滑稽です。つづいてアロママッサージ、ひのき風呂が終わると赤ちゃんの心音を聞いていた助産師さんが「次、スクワットいきましょう」といいます。廊下に出て、お見舞い客が行きかう中を「うー」とか「ひー」とかいいながら公衆電話の台につかまってヒンズースクワットをくりかえします。こんな過酷な筋トレは中学のときテニス部の部活以来。
 このスクワットが効いたのか、すぐ分娩室へ移って10分。3120gで女の子が誕生しました。トータル11時間ほどのお産。思ったほど苦しい思いをせず、また何より、自分がとりたい姿勢で、好きな人と、リラックスして産めたことがうれしいことでした。
 立ち会ってくれた夫の母が言います。「私の時のお産と全然違う」と。いきみをうまくコントロールするアドバイスもなく、分娩は足を固定する分娩台だったといいます。私の母たちがお産を迎えたのは、家でのお産から病院へのお産へ急速に切り替わっていった時代でした。そしてそれは、医師主導の出産に変わっていった時期でもあります。赤ちゃんを産んだとき胸にひろがったのは、女性はどんな時代でも、どんな状況でもそれを受け入れて子供を生んできたのだという思いでした。戦争中だろうと、分娩台の上だろうと、ラマーズ呼吸法があろうとなかろうと・・・。私は今という時代にお産を迎えて、自分の納得のいく形で、心地よいと思う人たちに囲まれて出産ができました。それは、今につながる母たちのおかげなのだと思います。私を生んでくれた母親、その母親を生んだおばあちゃん、そしてその母親と、たくましく赤ちゃんを産んで育ててきたすべての女性に対する敬意で胸がいっぱいになりました。
 ふと気づくと、生まれたての我が子は裸にバスタオルをまとった姿で、私の胸の上に乗せられ、もう1時間以上も力強くおっぱいをすすっています。「この食い意地はだれかに似ている・・・」
 陣痛をこらえながら、キッチンでおむすびを結んでいた自分の姿がよぎります。
 食べないと力が出ないですもんね。
 分娩台の上から義母に向かって頼みます。「お母さん、今からおにぎり買って来てください。」

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