薬膳を語る 阪口珠未ロングインタビュー(9)

▽素っ気ない回答

──手紙を書いて尋ねた北京の薬膳レストラン「時珍苑」では、すぐに雇ってもらえたのですか。

いえいえ、現実は当然ながらお話のようには甘くはないんですよね。中嶋さんという日本人の男性が出てきて、対応して下さりました。この方は、当時30歳ぐらいだったんですが、サッポロビールから駐在員として派遣されていて、中国人の支配人の下で天橋賓館を切り盛りしているとのことでした。

その場で、中島さんは淡々と話しました。「お手紙、読みましたよ。私はここのトップじゃないけど、どこの誰だか分からない人に急に厨房に入れてくれと言われても、そんな話、受けるわけにいかない、と支配人に言われましたので。『外国人だから実習の機会がない』というのは、それはおたくの事情であって、当方には関係がありません」と。

──何とまあ、素っ気ない。ショックだったのでは…。

中島さんのお話を聞いて、私は「おっしゃる通りですね」と言いました。「そりゃ、そうだよなあ」と思ったんです。目の前のこの人はビジネスで北京に来ている。私は留学生。同じ日本人と言っても、関係は同じ日本人だということとしかない。日本人だから、日本企業が関係するレストランで働かせてもらえるかもしれないというのは、図々しすぎた、確かに厚意を期待しすぎたなーと、受けとめることができました。反省しました。

「おっしゃる通りですね…」。でも、そこに付け加えたんです。「でも、何か、方法ないでしょうか?」。粘ってみました。

▽メリットをもらたすなら…

──「当方には関係ありません」と言った中島さんに。

はい。何かを感じたというか、彼の話しぶりが、すごくいいなあと感じたからです。彼は最初から変にニコニコもしなかったし、学生だからとバカにした感じもなく、淡々としていた。表情はすごく朗らかなのに、自分の思ったことははっきり言うという姿勢に、実行力があり、信じられる社会人の方だと思いました。

そしたら、中島さんはそれほど考え込むという感じもなく、「これは私の個人的意見ですけど」と前置きして、こう言ってくれたんですよ。「阪口さんは、こちらでメリットを得ようとお考えですよね。その代わりに、あなたも当方の会社にメリットをもたらしてくれるなら、考えたいと思います」

──すごい。でも、「当方の会社のメリット」って、どういうことだったのでしょうか。

中島さんは「スタッフが、日本語下手で困ってるんですよ」と。当時、時珍苑には日本人のお客さんが多かったのですが、スタッフは当然、中国人ばかり。それでコミュニケーションがうまくいかなかったことが多かったようです。「阪口さんが時珍苑でお勉強をしたいなら、厨房に入る1時間ぐらい前に来て、スタッフに日本語を教えてもらえませんか。それが可能なら、私から支配人に話してみますよ」

願ってもないこと。すぐに「やらせて下さい。日本語を教えさせて下さい」とお願いしました。そして、時珍苑の厨房での修業の日々が始まったわけです。

「10. 心の機微の大切さ」へ続く