薬膳を語る 阪口珠未ロングインタビュー(8)

▽6本の指

──授業では、どのようなことをしたのですか。

まず、基礎理論を学びました。体を治すには、体の状態を正確に把握する必要があるということで、最初は「中医診断学」からです。これは、西洋医学の問診とは、かなり内容が異なります。脈を取るとか、舌を見るとかで、その人の状態を判断していくのです。

例えば、脈の感じは、ギターの弦の緊張した印象が強かったとします。これは「弦脈」と言って、ストレスを強く受けている人によくみられます。ですので、弦脈の人の場合は、肝臓への負荷をまず疑っていくわけです。

すぐれた中医師は、脈を触っただけで、どこの臓器がどういう状態なのかを言い当てることができます。左右の人差し指、中指、薬指の3本ずつ、合計6本の指を相手の脈に置き、それぞれが研ぎ澄まされたセンサーとなって、体の中をイメージしていきます。

持病を治すために漢方薬を処方してもらおうと日本から来られた方がいました。私がその人の脈を試しに診てみたのですが、何も分からない。それで先生のところに案内したのです。その60代後半のやせていた先生は、脈に軽く触り、6、7秒で言いました。「肝炎ですね。わずらって、だいぶ長いね」と。その日本人の方は、C型肝炎だったんです。まだ一言も自分の症状を口にしていなかったのに、ズバリ言い当てられて、びっくりしていました。横で見ていて、私も驚きましたよ。

──脈診は難しい技術なんでしょうね。

ええ、私は最初は全くできなかったですね。これは、多くの人の脈をみることで、経験で覚えていく部分を大きいと思います。同級生同士で取り合うと、みんなそれぞれ脈に個性があることが分かってきます。仲のよかった友人は「滑脈」と言って、血管の中で玉がコロコロと転がるような脈で、私のとはまるで違っていた。それぞれ体質や持病も異なるんだなあと実感しました。

▽外国人であることの壁

──漢方薬について、留学中はどのような勉強をしたのでしょうか。

まず、薄荷とか人参のような薬草一つ一つについて、それぞれの薬効を学びます。次に、それらの薬草を組み合わせると、どのような効果へ変化していくのかを学びます。

──実際に薬草園に行って、草を見て学ぶと。

いえ、授業でフィールドワークには行けませんでした。これには、理由があったんです。私が外国人だから。当時の中国には、薬草園は国家機密の一つという考え方があったようで「あなたは外国人だから、申し訳ないけど、国の決まりで連れて行けないんです」と先生に言われました。それで、中国人の同級生たちが外で薬草の採集などに行くときは、私は教室に残って、薬草の使い方について教わりました。ここでも、数値化するような学び方ではなく、薬のイメージを大切にするよう教えられました。

とは言っても、やっぱりイスに座って学ぶことばかりだと、つまらないですよね。この食材にはこんな薬効がある、と口で言われても、自分の頭の中で想像を膨らませるのは、限界がありました。

──日本人だからしょうがないと思いましたか?

北京市内にある薬膳レストランを探しました。空いている時間を使って、見習いで雇ってもらおうと思いました。ところがですね、薬膳は中国では、体調がおちているときは、体力を補うためにオウギという草を煎じたスープを飲むとか、家庭で行うちょっとした知恵のような扱いをされていて、わざわざ外食で薬膳を食べるという考え方はあまりなかったようでした。北京にも高級な薬膳レストランが2軒しかありませんでした。そのうちの1つが、日本のサッポロビールが現地の会社と共同経営していたホテル「天橋賓館」にあるレストラン「時珍苑」でした。

天橋賓館の支配人あてに手紙を出しました。日本語で、ですけど、「私は今、北京で薬膳料理を勉強しておりまして、でもカリキュラムの中には、あまり実習がないのです。つきましては、是非、そちらのレストランの厨房で経験を積ませてもらえないでしょうか。やる気は十分です」というような内容のものです。で、その後に実際に訪れてみたんですよ。