2026.2.18
週末、体調を崩して伏せっていました。
大きな生活の変化があって、エネルギーバランスが変わったためです。

先週、私のブログでもよく登場していた愛車のキャンピングカー「マンボちゃん」を手放しました。
娘が保育園に通い始めた4歳のとき
「キャンピングカーを買うか、家を買うか?」
と夫婦で相談し、
「娘との体験にお金を使おう」と決めたのが16年前のある日。
我が家に「マンボちゃん」がやってきたのでした。
この車で家族で快適にどこでも行けるように、そして私が料理が楽しめるように
発電機、車内ヒーター、エアコン、シャワー、簡易トイレ、60リットルタンク、サイドオーニング、車内動画スクリーンをフル装備で取り付けて、


日本中を旅しました。
雑誌「キャンプカーマガジン」の編集に参加し、地方食材を使った薬膳料理の連載もさせてもらえました。

フェリーで北海道へ渡り十勝産の豚肉やアスパラを料理したり、震災後の石巻で漁師さんをインタビューさせてもらったり、キャンピカー仲間と氷見寒ブリを取り寄せてキャンプ場で裁いたり。
みなさんにもご紹介させてもらった「下仁田の桑農家さん」や「山口の金針菜農家さん」は
キャンピングカーで訪問させてもらったことから始まっています。

そして、4歳だった娘は20歳になり、昨年の4月に大学進学で北海道へと旅たちました。
マンボちゃんの出番は急速に減って行きました。
「昔のぼくたちみたいな家族に乗ってもらう方がマンボも幸せだよ。」
と夫。
まだまだ乗りたかったけれど、キャンプに行かないキャンピングカーなんて、料理家に料理をするなっていうのと同じこと。
心を決めて、夫とふたりきれいに車体を拭きあげて、週末、狭山にあるキャンピングカー販売業者さんへお預けしてきました。
「きれいに乗っていらっしゃるから、きっと欲しがる方いらっしゃいますよ。大事にお預かりしますね。」という担当者さんの言葉に、少しほっとしてお店を後にしました。
帰りの狭山駅で電車を待つ時間。
ホームを吹き抜けていく風が、カラカラと乾いた音を立て、とても寒く、身を切るように感じられました。
家に戻って、ほどなくして、何となく体がだるい。
熱をはかると39度近い。
久しぶりの発熱です。
クリニックでは「コロナ・インフルエンザ・溶連菌」すべて陰性。
ドクターは「感冒ですね。お薬飲んで、休んでください」と言います。
仕事をキャンセルさせてもらって数日、ずっとベッドの中で過ごしました。
「どこかで、風邪をもらったかな~」と考えていたら
思い出したのが、今までカウンセリングさせてもらったクライアントや受講生の方たち。
だれか大切な人やペットを亡くした悲しもを感じた後に、感染症や肺炎にかかることが多いのです。
中医学では「悲しみ」の感情は、「今まであったものが失われる」ことに伴う感情です。
失うものが人であれ、ペットであれ、「その人にとって大切なもの」であれば間違いなく強い悲しみを伴います。
そして「悲しみ」がつながる臓器である「肺」の働きを急速に低下させます。
肺は免疫力と声に関わる臓器なので
◆感染症にかかりやすくなる
◆免疫力低下の疾患にかかる
◆肺炎になる
◆声が出にくくなる
などが起こります。
大事なペットを亡くして、声がでなくなった生徒さん、奥様を亡くされて原因不明の免疫不全の病にかかられた男性、パートナーがを失って翌日急に肺炎になった女性などが思い出されます。
私も悲しかったんですね。
たぶん、キャンピングカーだけでなく、そこに詰まったいろいろな自分の思いみたいなものが消えていくように感じて。
キャンピングカーの旅で、最も心に残っているのは、
サービスエリアの夜中のカフェ。
娘が車の中で寝た後に車を抜け出して、カフェのほのぐらい明かりの下で、お茶を飲みながら原稿を書いていたひととき。

母であり
ライターであり
自分自身でもあった瞬間。
私の中の大切な宇宙でもありました。
私たちは、それぞれがみんな自分の中に宇宙を持っています。
「自然」とつながっている私たちの体が、季節の変化とともに、意識せずとも変わっていくように
私たちの中の宇宙もずっと同じではいられい。
ひとつの宇宙が作られ、壊され、そのかけらから、また、新しい宇宙が作られていきます。
「肺」という臓器を意味する「金」というエレメントが
「刀」と「変革」を意味するように
「悲しみ」という感情は、ひとつの宇宙を終わらせて、新しい宇宙へと私たちを押し出していく力。
だから、「悲しみ」を感じきり、味わいつくし、手放すことで
私たちは新しい世界を創る力を与えられるのだと思います。
数日間を休んで過ごし、感情の棚卸しをし、
それとともに体も回復してきました。
・道の駅の食材で作った料理を楽しんだ小さなダイニング
・ゴロゴロと転げて遊んだ意外に広いバンクベッド
・頭をのぞかせて空を眺めた天窓。
どれも私のかつての大切な宇宙。

今も、空っぽの駐車場に、胸がキュッとなるけれど、
でもきっと、ひとつの宇宙が終わるとき、
それは「何もなくなる」のではなく、
次の宇宙が生まれるための静かな準備なのだと思います。
その宇宙が形を変えるとき
少し痛みを伴うこともある。
でも、その痛みは
新しい宇宙を創る力と同じ場所から生まれています。

もし今、何かを手放したり、変化の途中にいる方がいらしたら、
どうかその感情を急いで整えようとせず、ゆっくり味わってみてください。
悲しみの奥には、必ず次の物語の種があります。
どこにいても
どんな立場であっても
私たちはまた、新しい宇宙を創ることができる。
その力が。あなたの中にもちゃんとあることを
どうか忘れないでくださいね。