薬膳を語る 阪口珠未ロングインタビュー(17)

▽カジュアル漢方

──兵庫県の薬屋をお母さんから引き継いで、どのように阪口さんらしさを出していったのでしょうか。

当初は母のお客さんを大切にしていこうと思いましたが、なかなか中国医学を専門とする私らしさが出せず、苦しんでいた。そこで、少しずつ、店のカラーを変えていくことにしました。
 まず化粧品を、肌にやさしい成分が自然由来のもの絞り込みました。薬の販売では、カウンセリングを重視する。それまであった「便利なドラッグストア」というイメージを薄くしていこうとしたんです。

健康情報を発信する店を目指し、「シンクオレンジ」という名前のフリーペーパーも始めました。ここに漢方薬の細かな説明や健康食品の案内を書きました。中国漢方を扱いたかったのですが、専門店が近くにあり、商圏が重なるため、中国漢方の仕入れはできませんでした。まずはできることから始めよう。対面でお客さんからじっくり話を聞き、日本漢方の薬を紹介することをしました。

──ドリンク剤を飲みに来るような、普通のお客さんが離れていったんじゃないですか。

経営的には、そこが悩みどころでした。漢方のすばらしさを伝えたい一方で、薬屋としての収益を安定させないといけない。で、思いついたのが「カジュアル漢方」というコンセプトです。
 1990年代後半は、まだ世間の漢方への固定化されたイメージが強く、「うさんくさい」「苦い」「とっつきにくい」と感じる人はかなり多かった。また、誤解もありました。長く飲まないと効き目がないという先入観が人々に強かったし、風邪などの普通の病気には効かないと考える人もいた。それに、高価だと。そういった印象を一新し、気楽に出入りできる漢方薬店を作ろうと思いました。

▽木陰の丸テーブル

──それまであった漢方のイメージを変えるのは、大変なことだったでしょうね。

確かに、当時の典型的な漢方薬店というのは、入り口にずらずらと漢字でいろいろな病気の名前が書いてあって、重い病でないと相談しにくい雰囲気はありましたよね。西洋医学では手に負えない患者のための「最後の駆け込み寺」と考えていた人は、多かったんじゃないでしょうか。

だからこそ、新しい形で漢方を提案したかった。中国医学で学んだのは、未病を治すという考え方です。まだ、病気に至っていないけど、いずれ病になる可能性があるときに自然な形、体に負荷がかからない方法で手を打つという予防医学。ちょっと体調が崩れたかなと感じたときに、体をニュートラルな状態に持っていくことが大事なんです。大きく体調が壊れてしまうまでに、お客さんが来てくれるお店にしたかった。

──具体的に、どのようなことをしましたか。

「気になる情報いっぱい~漢方屋~」という藍染めの大きなのれんを作り、入り口の脇の地面から屋根に張りました。店の真ん中に大きな丸いテーブルを置き、その横に大きな木を入れました。木陰のようなくつろぐ場所でカウンセリングを経験してもらいたいと考えたからです。カウンセリングなら長方形のテーブル越しに対面で話すのが一般的ですが、それだとお客さんが話を自然にできる感じじゃない。初めての方は、目を合わせると緊張して、話しにくいですよね。
木陰の丸テーブルに、まず私が腰掛ける。それを見て、お客さんが話をしやすい位置を選んで座る。対面の人もいれば、斜めの人もいる。「ここに来ると、落ち着く」「眠くなる」と言うもいました。

ドリンク剤の代わりとして、コーヒーメーカーで煎じ薬を一杯から試飲できる「漢方コーヒー」サービスを始めました。簡単に体の症状を聞いて、その人にあった漢方薬を煎じます。これは20代後半から40代の女性の人がよく利用してくれましたが、コーヒー代わりに飲んでいく男性のお客さんもいました。また、漢方薬を買ってくれた人には、薬膳料理のレシピを差し上げました。