薬膳を語る 阪口珠未ロングインタビュー(5) ▽まずメニューを覚える ──中国留学時代の生活について教えてください。 中国語を早くマスターするために、なるべく外出して、多くの人と話すようにしていました。最初に覚えたのは、料理のメニューでした。いろんな料理屋さんのメニューをもらってきて、中国人の友人に頼んで、そこに発音記号を打ってもらって読む練習をしました。 料理の名前を覚えるのは、中国語をマスターするのに、お勧めです。漢字1字1字のイメージが分かるようになるから。そこには、野菜や肉の名前があり、焼くとか、いためるとか、調理法が載っているでしょう。メニューが理解できると、だいぶしゃべれるようになりますよ。私はくいしんぼうでしたから、いろいろな料理を食べたくて一生懸命憶えました。 ──料理はどうでしたか? 寮の食堂で出てきた料理は、今から考えると不思議なものが多かったです。うどんをトマトケチャップでいためたようなものを「イタリアンスパゲティ」として出していたり。万頭という、肉まんの皮の部分のような白いパンの間に玉子焼きが挟んである「ハンバーガー」とか。妙なものばかりでした。 外食は、学生なので高級店には行きませんでしたが、広東料理の庶民的なお店があって、そこの北京ダックはすごくおいしかったです。それからよく注文したのは、青菜いため。強火でさっといためて、火の通り方が絶妙でした。 鳥のモミジもよく食べました。指の形がモミジに見えるってことですが、皿いっぱいに鳥の指がこんもりと出てきます。これがお肌にとてもいいです。ゼラチン質の食感で、香辛料と一緒に煮込んでいるので、臭みがありません。 食堂に入ると、杯のようなものが出てくるんです。「これ、何?」と尋ねると「少し濃い目のプーアル茶だ。後でもたれなくて済むよ」と言われる。食べることの準備をしろ、と言われているわけです。これこそが庶民の生活の中に薬膳が根ざしている証拠だと感動したことを覚えています。 ▽謎のスープ ──自分の料理の参考になりましたか? 素材の豊富さだけでなく、料理法のバリエーションの広さが新鮮で、勉強になりました。いためるだけでなく、油で煮込んだり、香りの強い調味酒に漬けたり、肉をいったん干してから揚げたりとか。 日本にいたころに食べた中華料理はいため物、揚げ物のイメージが強かったですが、普通の小さな食堂があらゆる料理法でテキパキとおいしい料理を作っていく光景はすごくおもしろくて、見ていて気持ちがよかったです。中国人の食べ物に対するこだわりを感じました。 ──薬膳料理は食べましたか。 友だちになった子の家が屋台をやっていて、そこの薬膳スープのことも思い出します。これは20種類の漢方薬と香辛料が入っていて、とても複雑な、でもおいしい、深い味でした。ブタの内臓などが煮込んであるのですが、まったく匂いが気にならなくて、とてもふくよかな味になっている。どうも胃腸に作用する薬が入れてあるようで、食べると血行がよくなって、胃がすっきりするんです。あの味を何とか再現したくて、作り方を聞いたのですが、レシピは企業秘密ってことで、教えてもらえませんでした。 ──寮で自炊はしていましたか。 はい、ただ、調理室がなかったので、簡易なものばかりです。部屋の中に電熱器を持ち込んだり、広い洗面所で炒め物をしたりと。今から考えれば、留学生はみんな工夫をして自炊をしていました。 「6. 国費留学への道」へ続く 1:孤独を救った朝弁当 2:意外な提案 3:そば屋の”事件” 4:鉄格子と柳の庭園 5:まずメニューを覚える 6:国費留学への道 7:数値化しない医術 8:6本の指 9:素っ気ない回答 10:心の機微の大切さ 11:「老中医」に師事 12:旅先の凄腕料理師 13:薬膳学会での快挙 14:留学を終えて 15:父の死の衝撃 16:薬局を継ぐ 17:カジュアルな漢方薬店へ 18:漢方薬店での試行錯誤 19:漢方キッチンの誕生 20:「ゼロ」に戻れる場所を 21:新産業創造プログラム