つねこ先生

 ここ1ヶ月、娘を関西の実家に預けているため、東京と関西を往復する生活を続けています。先日、実家にいると、大好きな近所のおばあさんが来てくれました。
「珠未ちゃん、本を出したったらしいな。なんぼが買わせてもらおうか思てな。」と玄関に現れました。
 彼女の名は「つねこ先生」
 80歳で、独身。 お寺の花を生けるのが彼女の仕事です。140センチほどの小さな体で、はしごをよじ登り、お寺の本堂に飾る数メートルのお花を活けます。
 彼女が扱う道具は、花バサミや針金だけでなく、お花の先生らしからぬ、のこぎりに、ロープなど大工道具も揃えています。
 そんな彼女が活ける花は、「だれも訪れない藪の中に咲く、一輪の白い椿のような孤高の美しさ」
大胆にお花を扱いながらも、ひっそりとした静寂と繊細さ、生の自由を感じさせるのです。
 実家の居間で、落花生せんべいを食べながら、私が淹れたコーヒーを飲んで、たわいもない会話を楽しみます。
「そしたら、全部で5冊もらっていくわな。」
本を抱えて立ち上がった先生の被ったベレー帽に小さな鳥のバッジを見つけました。
「かわいいね。先生」
「こうやって、ちょっと手を加えた方が、却って自然に見えて、帽子も引き立つんや」
 玄関で見送って、つねこ先生と話をすると心が自由になるなあと、思っていると、5分ほどしたらまた玄関に姿を現しました。
「庭から取ってきたから、活けといたってな。」
白やピンク、赤のつばきと黄色い花を咲かせた、山茱萸(さんしゅゆ)の大きな枝を置いて去っていきました。
 中学のころやっていた華道もここのところ、ご無沙汰気味。
こんな大きな枝をいただいても。。。。とためらいましたが、つねこせんせいを見習って、自由な気持ちで、野に咲いている花の姿を映すように活けることにしました。
 しかし、そのまま生けても、野に咲くようにはならず、四苦八苦。
「ちょっと手を加えた方が、却って自然に見える」
と言う、つねこ先生の言葉を思い出しました。
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 密生した葉を整理し、たくさんついた花を切り分けて。。。。なんとか、まとまったようです。
 めったに会わない方だけれど、彼女の何気ない言葉は、いつも私の心に何かを残してくれます。

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